Thirty
生まれてから30回目の誕生日が来た。20代を振り返っていろいろ書き留めようかとも思っていたが、明るい話題はあまりないし、それすらも面倒くさくなってしまった。
今日はテレビ塔の展望台へ行こうと思っていた。時折高い場所に登り、眼下を見渡したくなる。ストレス発散とまではいかないが、高い視点から普段暮らしている街を望むことは自分にとってリフレッシュになる。去年は誕生日当日だと無料で入れるのでJRタワーの展望台に行った。他に気軽に行ける場所で真っ先に思い当たるのがテレビ塔だった。多分10年くらいは行っていないしちょうどよかった。
休日の自分には珍しく午後5時頃に家を出て、テレビ塔へ向かった。なんと施設点検日のため休館日だった。うん、やっぱり世界に嫌がらせされていると思った。悲しいとかよりも、諦念が勝った。事前にチェックしていればよかったのだがまさか休館日とか思わないじゃないか。まあ今日でなくとも登れるわけだし、次の休みにでも行きたければ行けばいいだけのことだ。その後はマックを食べ、100均で買い物して帰ってきた。体に悪いものをぶち込みたかった。なんとも冴えない。

この前、星野源の会員制ウェブサイト「YELLOW MAGAZINE+」内で掲載されている『「MAD HOPE」ツアー論考』という記事を読んだ。記事内で楽曲「不思議」の制作時に述べられた「世の中は『地獄』であるとはっきり思って作った」という星野源の言葉が引用されていた。それを読んで「そうか、この世は地獄だったんだ」と改めて気づかされた。星野源もそういっているんだし。嫌なことや辛いことが降りかかることも、トラブルだらけで上手くいかないことも、世界に嫌がらせされているなと思うことも、自分だけ呪われているなと思うことも当たり前のことだった。この世は地獄なんだから。腑に落ちた。こう思わずに生きていられる人間になりたかった。
20代は楽しいこともあることはあったのだが、どうしても辛いことの方が多かった。本当にどうにかなってしまいそうなタイミングも何度かあった。30代は生きる理由や希望を改めて考えて、見つけたり手に入れたりしないといけない。10年後も今と同じような生活をしていたらそれ以上は本当にもう生きたくないかもしれない。親には申し訳ないが…。いや親でさえ健康で生きているかどうか分からない。悲しくなってきた。本当は周りの人を愛しながら、楽しく生きていたいのに。どうして上手くいかないんだろう。
散文(もやもやを言語化する,ハリー・ポッター)
2月が終わった。ここ数年の自分の精神の浮き沈みを振り返って見てみると、2月、5月、9月頃に大きく沈み、辛い日々を過ごしていたことに去年気が付いた。よく考えてみるとどの月も季節の変わり目な時期のため、不調になりやすいのは僕に限った話じゃないかもしれない。特に2月と9月は過去にトラウマ級に精神がおかしくなったことがあり、不調の原因がその件の先か後か分からないが自分にとって乗り越えなければならない時期になっている。
今年の2月もちゃんとしんどかった。というか、年明け早々トリガーになるような出来事があり、漠然としたしんどさを抱え心を閉ざして過ごしてきた。今は時間も経ち、カレンダーも変わり少し落ち着いている。
2月は無気力に支配され、休日は夕方まで寝てぼーっとYouTubeを何時間も見るだけの時間を過ごした。ただ、その中でなぜかハリー・ポッターの解説動画にはまり出した。映画は5作目「不死鳥の騎士団」までしか見たことないし、それも中学生くらいでもう何年も前のこと。原作は読んだことはない。解説動画で物語の後半のストーリーや、各登場人物の解説を頭に流し込んでいくと、「映画見返したいな~そしてせっかくだし最後まで見たいな」と思うようになった。
そんな折、メルカリでボカロの同人CDを買った時にU-NEXTの広告がポップアップされ、ちょうどいいじゃん~と思い登録して映画を見始めた。第1作の「ハリー・ポッターと賢者の石」を見ると、どのシーンも見たことあるし登場人物のセリフや声色までもありのままに覚えている自分に驚いた。ちょうど僕が小学校1,2年の頃に「賢者の石」が公開され、確かにテレビで何度も見ていた。新作公開前には過去作が金曜ロードショーで放映されたし、昼や夕方にやっていた宣伝の特番も見たりしていた。自分は「ハリー・ポッター」現象の世代だったということに気が付いた。
色々思い出していた。小学2年生くらいの頃、嘘ばっかりつく友達の家に遊びに行ったことがあり、その家にプレステのハリー・ポッターのゲームがあったこと。4作目の「炎のゴブレット」は映画館へ家族で行き、鑑賞したこと。小学校高学年や中学生の時、当時の友達とハリー・ポッターの台詞やモノマネを言い合って笑いあっていたこと。現実が辛いので昔のことを思い出し、考えていた。3作目「アズカバンの囚人」で登場するシリウス・ブラックの俳優さんを見ていると懐かしさを感じ、よく見てみると中学生の頃の塾の先生に目元やひげが似ていた。中学校の先生方にも大変お世話になったが、僕にとって「先生」というと真っ先にその人が浮かぶ。ちょうど今年で亡くなってから10年経つ。
同じく「アズカバンの囚人」にはリーマス・ルーピン先生というハリーのよき理解者となる先生が登場する。ハリーはディメンター(感情や幸福を吸うめちゃめちゃ怖い生き物,「鬱」がモチーフらしい)から身を守るためルーピン先生から守護霊の呪文(守護霊を呼び出す防衛呪文)を教わることになるのだが、この呪文を発動させるにはその人の最も幸せな記憶を思い浮かべる必要があると教えられる。なんかここにグッときてしまい、自分にとっての「最も幸せな記憶」ってなんだろうと考えている。なんか全然ピンとこない。ここ数年にだって瞬間的に幸福を感じることはあっただろうに、全然思い出せないでいる。学生時代にあった上手くいったことや嬉しい瞬間も自分の中ではすでに効力をなくしてしまっている。僕は今のままでは守護霊の呪文を習得することはできない。実際、この呪文は高等呪文であり誰でも簡単にできるものではないのだけれど。まずは自分にとっての「幸福」を考えてみる必要があるかもしれない。
2024年聴いていた音楽(旧譜)
2024年も音楽を聴きたくないくらいしんどい時はありましたが、なんだかんだ好奇心を失わず色んな音楽を知ったり聴いた1年でした。新譜ももちろん聴いていたのですがそっちはプレイリストを毎年作っているので、この記事では24年リリース以外の曲・アルバムを書き残しておきたいと思います。ではざっくりジャンルごとに。
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【ロック編】
・Talking Heads『Stop Making Sense』(1984)
2月にライブ映画として誉高い「STOP MAKING SENSE」が4Kリマスターで上映されているというので観に行った。きっかけが何だったか忘れてしまったけど「まあせっかくだし観とくか」くらいの軽い気持ちだった気がする。これがバチバチにかっこよく面食らってしまいました。音はもちろんだけど、派手なことはせず照明とセットを駆使することでかっこよい演出、とにかく全身全霊で音楽を楽しむプレイヤーたちの動きや表情に釘付けになった。語り継がれているだけあるなと感じました。星野源ファン的には冒頭の「Psycho Killer」の演出は星野源のライブ「ひとりエッジ」内でもオマージュされており、そういえばオーディオコメンタリーでそんなこと言っていたなあと思い出しました。
・fedress「花束背中に隠すには」
2023年末くらいにライブ動画がアップされていて、それを見ているうちにハマって年明けはずっと聞いてました。いろいろ辿ってみたら東京を中心にアジアのシューゲ/インディーバンドのコンピ『Total Feedback 2020』で聴いてチャンネル登録していました。女性2人のツインボーカルって珍しいと思います。
【エレクトロ編】
・rei harakami『red curb』(2001)
どのアルバムも勿論聴いているはずなのですが、改めて考えてみたら『red curb』だけ聴かずに生きていました…。反省しています。聴き終えた時、『[lust]』と並ぶくらいの代表作じゃん!と思いました。当たり前すぎましたよね!!!!!すみません!!!!!
・宝達奈巳『宝達奈巳』(1994)
Twitterからサブスク解禁の報が流れてきて興味のまま一聴し、即「やべえ!」となったアルバム。90'sテクノサウンドに琉球音階が乗ったあの感じ、気になった人はぜひ聴いてみてください。90年代に日本でリリースされた作品が今年アメリカのレーベルから初アナログ化としてリリースされ、その流れでサブスクでも聴けるようになった様子。興味のベクトルが過去に向かっているのか未来に向かっているのか錯綜するすごい時代になってますね。
【JAZZ】
・Shaun Martin「The Yellow Jacket」(2015)
自分が不勉強なばかりにTwitterで流れてきた訃報で知りました。良い曲。
・Pat Metheny Group「James」(1982)
とにかくコードやメロディーが美しく、何度聴いても身体の細胞が喜んでいるような心地になります。自分の感覚をまた少し拡張してくれた大事な曲です。ウェットな音像も好みです。
【ソウル/R&B 編】
・Smorkey Robinson『Pure Smorkey』(1974)
これもきっかけはとっくに忘れてしまったがずっと聴いていた1枚。各楽器の音がすごく良いです。爽やかな5曲目「Just Passing Through」めっちゃ好きです。
・The Five Stairsteps「Dear Prudence」(1970)
The Beatles「Dear Prudence」をすごくいい塩梅にカバー。原曲をなぞりつつソウル心に響いてくるアレンジ最高です。ちなみにこのアルバム1曲目もビートルズカバーです。
・Sarah Vaughan「Yesterday」(1966)
ビートルズ繋がり。1日の終わりによく聴いていました。
・Lucy Pearl「Without You」(2000)
時代は下り、90年代のスターグループ Lucy Pearl。この曲を耳にする機会があり一聴してハマってしまいました。ラファエル・サディーク恐るべし。
【ポップス編】
・ドリーミング「アンパンマンたいそう」
流石に子どもの頃から親しんできた曲だけど、一時期冒頭の「もし自信をなくして くじけそうになったら いいことだけ いいことだけ思い出せ」というパンチラインを頭の中でリピートしていました。念仏のように。この歌詞の部分がTwitterでバズっていた気がするのでそれを見聞きしたのが潜在意識にあったのだと思う。
・Yerin Baek『Every letters I sent you.』(2019)
「Antifreeze」(The Black Skirtsという韓国のバンドのカバー)という曲のベース演奏動画を見て知っていたYerin Baek。またまたベースの演奏動画で知った「Square(2017)」がとてもかっこよくてよく聴いていましたし、ベースでも弾いていました。アルバムは2枚組18曲で近年の感覚から言うと大作ですが、全曲良い曲(本当!)なので聴けてしまいます。とりあえず最後の方にある「Square(2017)」だけでもぜひ!
・小林明子「恋におちて ~Fall in love~」(1985)
サブスクでオリジナルは配信されていないのでレコードでよく聴いていました。
・ShibayanRecords「彼と彼女とわたしの話」(2010)
確か渋谷系BOSSAみたいな雰囲気のキーワードがつけられたミックス動画をYouTubeで聴いてて知りました。東方アレンジらしく、東方を通っていない僕にはそっち方面の文脈で語ることはできないですが、ポスト渋谷系サウンドの頃のCAPSULE的なあの時代の空気がして最高です。
・BONNIE PINK『Let go』(2000)
今20代後半である自分にとっては「A Perfect Sky」のイメージが強すぎるせいで、このへんの時代の作品まで手が伸びず生きてきました(1stは聴いたことあるんだけど)。2000年らしい雰囲気感じられる上質なアルバムで繰り返し聴いた1枚でした。本当に全曲良い…。
・chara『Junior Sweet』(1997)
こっちも世代的にエアポケットになっている年代。Charaさんの近年の曲は聴いたことあるし、代表曲くらいは知っていたけどアルバムでは聴いたことなかった。全曲良いシリーズ。この時代も豊かな音楽たくさんありますね。
・雪村いづみ『スーパー・ジェネレイション』(1974)
服部良一先生の曲をキャラメル・ママ(ティン・パン・アレー)が演奏・アレンジしたアルバム。なんで今まで目に留まらず聴いてこなかったのか!って感じです…。ティン・パン・アレーが関わっているものは全部聴かなくちゃだめだなと改めて思いました。
「カードキャプターさくら」全然通ってないんだけど、この前本当に謎のアルゴリズムでキャラソンを聴いてみた時から興味を持ちはじめてしまいました。原作全巻セットを今探しています。「カードキャプターさくら」に関する唯一覚えていることは、顔がカメラになっていて名前がデジカメっていう亀の小動物的キャラがいたことしか覚えていません。
【フォーク/SSW 編】
・Carole King『Tapastry』(1971)
2024年は70年代のサウンド、特にSSWものがマイトレンドでした。キャロル・キングのこのウルトラ大名盤を初めて聴く機会があり、「なんかいいな~」と自分のムードとぴったりはまり、色々聴きだすきっかけになりました。
・金延幸子『み空』(1972)
一度見たら忘れられないなんとも印象的なジャケット、勿論以前から知っていましたが聴く機会をなんか逃していました。2024年は70年代のSSWに興味があり、その流れで満を持して聴いたわけですがウルトラ大名盤でした、、、。本当にもっと早く聴いていればよかったと思ういますがこのタイミングで正解だったとも思う。一度聴いたら心に残り続ける作品だと思います。
・杏『輝く明日はない / 風は何も恐れはしない』(1973)
こちらもTwitterで言及している方がいて知った関西のフォークデュオ。両面どちらの曲もアレンジがよく、一時期すごく聴いていた。「輝く明日はない」のベースがかっこよすぎる。
・Judee Sill『Judee Sill』(1971)
2024年は新旧問わず色んな音楽を聴いてきたけれど、1番の出会いはJudee Sillでした。このことを書き記すためにこの記事を書いたといっても過言ではないです。良さとか上手く語ることができませんが、まっすぐで優しいボーカルとバロック音楽の影響を感じさせるフレーズやコーラスが印象的です。
そして再発盤もあるにも関わらずちょっといい値段のするこのレコードを買いました。愚かだなと思いつつ、一生聴くレコードだろうなという確信があるので後悔は全くありません。50年以上前に吹き込まれた音が記録され、人々の間で語り継がれ、こうして2024年の日本の隅っこに住んでいる人の元へ届き、聴いて泣いているという事象が不思議でたまりません。
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以上!
2025年は音楽を聴けるほど前向きでいられるでしょうか!
散文(ただ確かに悲しみがある)
ここ数日、寒い日が続いていたが、夜に外出した時にそのあまりの秋の空気感に驚いてしまった。夏から秋へは急に季節が変わる気がする。9月も後半になれば冷えてきて冬ももうすぐ。家の湿度計も50%を下回るようになった。ついこの間までエアコンのドライモードで湿気をとっていたというのに。リップクリームを塗る回数も急に増えた。リップクリームを唇に塗りたくる長い日々がこれからまたやってくる。
部屋も寒くなったのでカーディガンや長袖のTシャツを出したが、まだまだ実家のクローゼットの匂いがして懐かしい気持ちになる。
先日、転職して丸1年が経った。あっという間すぎて実感はないが、残念なことにやる気を全く(ついに!)失くしてしまった。8月からトリガーとなった出来事や環境・業務の変化など色々あった結果なのだが、今は日常の業務をそこそこにこなし、家と職場を無感情に行ったり来たりしている。自分はどんな場所でもそれなりにやっていけるタイプだと思っていたが思い上がりに過ぎなかったようだ。
そんなこんなで生きがいも特になく起きてるんだか寝てるんだか分かんないしどっちでもいい日々を過ごしていたが、ふと昔読んだ小説を読みたくなり、それがきっかけで今は読書がささやかな楽しみになっている。小さいことだけど見つかってよかった。何かが娯楽としてちゃんと機能していることに喜びを感じる。
瀬尾まいこさんの「強運の持ち主」という小説に同棲しているカップルが休日に夕方からダイエーにデートしにいく場面があり、そこが読みたくなった。ロマンチックなムードはないが理想のデートだと思っている。
そのまま続けて「温室デイズ」「図書館の神様」の2冊もつるつるっと読んだ。どちらも昔図書館から借りて読んでいて手元になかったので文庫を購入。最後に読んだのは大学1年生の頃だと思うので懐かしみつつ、かつ今の自分の状況にも通ずることもあり新鮮に読んだ。最近の著作以外は大体読んでいるし、僕が好きな作家としてあげるなら瀬尾さんくらいだ。当面の間はまだ文庫で持っていないものや未読の作品を読んでいくことが楽しみになってくれるかもしれない。
今年の目標として恋人を作ることを掲げていたため、一応またマチアプを入れてみている。実際こんな精神状況で初対面の人に会って話すエネルギーはほぼないんだけど…。そして今回はしっかり課金もしたが、趣味の合う人って全然いないなーと改めて気づいてしまった。これはカルチャーマウント的な「話通じる人いないっすわw」みたいなものでは既に全くなく、本当に困っている。好きな音楽やミュージシャンで検索しても誰もいなかったり、良くてちょっと年齢層が上の方がちらほら見つかるくらいだ。音楽はもう諦めているからいい(?)けど、瀬尾まいこさんで検索しても全国で140人くらいしかいない(北海道では40代の女性1人)のにはちょっとびっくりした。本屋大賞とったり、作品が何本も映画化しているのに?みんな一体なにを読んでいるの?
文句を言いつつ続けようとは思うけど、使っているアプリの使用者層が自分にあっていないのかなとは感じている。マチアプの研究をしなければならない。
今日、しばらく冷蔵庫に眠らせていた餃子を食べようと袋を開けたらカビていた。「しょうがないかあ」と思って、カビた餃子より賞味期限が先輩のウインナーの袋を開けたらなんか食べたくない状態になっていた。賞味期限って過ぎても大丈夫だと思っていたが(冷蔵庫にずっと入れていたし!)、それは数日に限った話であることを実感した。何事も体験してみないと分からない。学ぶってこういうことだ。
というか食材の腐敗スピードが僕の生活を勝手に追い越していっている。薄情な奴らは待ってくれない。食べてやろうかと思い立った頃にはもうこちらの手の届かない姿になってしまっている。これは親になって成長するわが子に抱く気持ちと一緒かもしれない。シャンプーのメリットの広告コピーでなんかそういうのバズってたよね。多分違うと思うけど。
お金がない
最近あらゆるモチベーションがない。停滞している。
4月は本当に忙しかった。主に趣味の方面で。楽しいことであるんだけど、初めての試みかつ締め切りもあり余裕はなかった。想像のちょうど3倍大変だった。そんな疲労と自分のだらしなさから通院の予定を忘れたりしていつも服用している薬を切らしていた期間もあり、身体面が不安定になると精神面も焦りだす。週5で働いているとスケジュール通りに動けなかった時のリカバリがきかなすぎる。
皮膚科からもらっている薬をきらしたままGWに突入してしまった。しょうがないことなんだけど病院もGWは当たり前にお休みになる。祝日に挟まれた平日の間に行かないとまた数日薬なしになる。自分的にはちょっと無理をして仕事前に皮膚科に行くことにした。時間に余裕がなく焦るなか、コンビニのATMで診察費と薬代を賄えるくらいうの現金を下ろそうとしたら「残高がなくて下ろせません」と告げられた。これが結構ショックだった。
とりあえず少額を下ろして皮膚科へ向かい診察を受けた。財布をちゃんと見ると診察代と薬代くらいはなんとかなる額は元々入っていたのでその時はなんとかなった(なんだそれは)。ただスケジュール的にギリギリの時間に到着したことと、GWの中日で普段より混んでいたため処方箋はもらったが薬局に行けずそのまま出勤した。次の日クレジット決済が使える薬局で処方してもらった。
そんなこともあり、今の自分には「お金がない」という事実を改めて重く認識させられたまま5月を過ごすことになった。「余裕がない」のは自己肯定感に結構直結する。お店やスーパーにいても必要最低限のもの以外は「今の自分には買えないな」と感じてしまい、「これ美味しいかな」「これ部屋にあったら良いかな」と考えることすら制限されるのはしんどいなと思う。
毎日駅や商業施設を通るので、あらゆる人を「みんな『は』お金があるんだなあ」という目で見てしまう。いつも見ているYouTubeで「整体に行っている」と聞くと「整体に行ける余裕があるんだな」と思ってしまう。心まで貧しくなるというのはこういうことなんだなと実感する。
1人暮らしを始めてから半年、別に贅沢をしていたつもりではなかったのだけど今の経済状況について認識が甘かったのかもしれない。状況が変わったのは理解しつつも実家暮らしの頃の消費ペースを引きずり、「これくらいならいっか」のラインがまだまだ甘かった。自分の身分をちゃんとわきまえなければならない。去年から転職、次いで一人暮らしと刺激の多い期間を経てハイになってた部分があったが、30手前までアルバイトでどう考えても「一般」の生活などまだまだ遠い。今年は恋人を作ることを目標としていたが年相応の交際ができるくらいの経済的自立なんて全然できていない。それをまた言い訳にも使ってしまいそうだが…、客観的に見てそんな人をわざわざ選ぶことなんてあるだろうか?自分で選んだこの人生に嘆くターンはすでに終了しているので淡々と受け入れていくしかないし、今できることをやって生活していくほかない。けど仕事は仕事で不安や憤りも尽きず、最近は帰ってきたらYouTubeを流しながら布団に入っていることしかできない。今年はエンゲル係数の高さで勝負だ。
かとかと過渡期
どう書き出していいのか分かりませんが単刀直入に言うとなんと転職先が決まりました。4年間務めた職場も明後日が最終出勤で、しかもその次の日から新しい職場の出勤日という息のつく間も許さないスケジュール。忙しすぎ。
次の職場もアルバイトからのスタートにはなるのだけど、今までの経験や自分の趣味も活かせるところだと思うので気持ち新たに頑張りたい。そしてバリバリ働いてはやく正社員になりたい…。
そんなわけでこの9月は職場や生活が変わり、人生のチャプターの過渡期な訳だけど自分でもびっくりするくらい気持ちが落ち着いている。過度な不安もなければ過度な期待もなく、すごく淡々と受け入れる準備ができている。いやまあしばらくは緊張感のある日々が続くとは思うんだけど…。
そもそもの話、今年に入ってから自分の感情を認識できる解像度、目盛りが荒くなったなーと思う。今までは1mm単位で認識していたとしたら今は1cm単位くらいで大雑把にしか認識できていない気がしている。これは前回のブログの時点で強く感じていたし、精神の落ち込みの谷を乗り越える度に自分の心が摩耗してきていてその結果だと思う。これが良くないことなのか良いことなのかまだ分からない。けれどトラウマになっていた面接を受けられたこと、面接が決まってからの日々も大きな精神のブレなく淡々と過ごせたことは今の精神状態だからこそ成せたことだと思う。また今年から通い始めた心療内科で処方されているお薬の効果も大きいかもしれない。自律神経を整える薬で、朝の目覚めも良くなったし過度な緊張や不安を抱かなくなった。もしかしたらこの感情の目盛りが荒くなった問題も薬の影響が大きのかもしれないなーと今更思った。だとしたら今の感覚くらいが実は「健康」なのかもしれない。
4年間働いた職場に出勤するのがあと1回っていうのが全然実感沸かないし、その次の日には新しい職場で働いているというイメージも全くできない。というか職場の皆さんに簡単にお手紙書かなきゃなのでブログを更新している暇はない。退職/入社のあれこれをやっておかないと、明日13日にはポケモンのDLCが来るし夜にはミュウツーのレイドバトルをやる約束しているし、イ・ジナのアルバムもリリースされるしで今週は盛沢山すぎる。とりあえず転職先決まったことは数年ぶりに人生を前進できたので本当に良かった。あとまあ今年中にリリースしたいあれこれもあったりはするし、一人暮らしもしたいし、引き続き精進します。
最近の雑感2
ブログに書こう、と思いつくときは企画以外は大体精神状態はよろしくない。4月末あたりからだろうか、"なんか"調子よくなく低調なまま引きずってしまっている。この"なんか"というのが非常に厄介で、落ち込んでしまった原因の出来事や要素が判らない(またはない)からこそ対策や解決策があるようなものではなく、どうしようもなくなっている。もうここ数年慢性的なものであるから、どうしようもないものなのかもしれない。
ここ数日の話に限ればこれもまたなんか知らないけど体調をちゃんと崩し、文字通り心身共に辛くやられていた。体調悪かったのに土日ちゃんと働いたの褒めてほしい。体調悪いのに出勤される方が職場に迷惑かかるかもだけど、熱はなかったし…。今朝までは鼻炎と目のだるさが辛かったけど今はだいぶよくなった。体調はなんとか持ち直しつつあるけど(未だ元通りではないが…)、今日も1日中雨で気が重かった。多少の波はありつつも、自分の人生や生活や生きていることの無意味さに苛まれ続けた1日だった。
この落ち込みの原因が分からないと感じつつも、職場の変化はやはりストレスになっていると思う。そんな詳しくは書けないけど、ここ2か月くらいで色んなことが日々変わった。出勤時間が変わり生活リズムもずれた。1時間早起きしなくちゃいけなくなったし、なにより父親の出勤とモロ被りなのでストレスだ。あと新しいスタッフも一気に増え、職場の人間関係が変わった。いつも通り皆さん良い人なことには変わりないが、色んな状況においてやはり気を使う。脳の(パソコンでいう)メモリ部分を常にたくさん稼働させているイメージで疲労している。そしてなにより普通に毎日忙しい。GW乗り切ったと思ったのに、ついこの前の土日もめちゃめちゃ忙しくてびっくりした。忙しいとコミュニケーションを丁寧にとる余裕や時間がないので、余計に人間関係の不安は募る。立場的に自分は先輩にあたるため指示を出したりすることが多いのだけど、それが最適だったのか、自己中や高圧的な振る舞いに思われていないか、自分の心配や気遣いが余計なお世話になっていないかとか…。今の職場で先輩にあたるのは客観的事実だけど、それに性別が男であることとか、今の年齢とかを付与した時の相手とのパワーバランスは強すぎないかとか、ストレスを与えてしまっていないかとか…。そもそも今自分自身の精神状が良くないがために気遣いをする余裕がなく、上手くコミュニケーションできている自覚がないので失礼だったり、嫌な風に思われていないか心配だ。
コミュニケーションが前より上手くできなくなったな、というのは職場に限らず気の知れた友人たちに対しても感じている。うまく説明できないけど、脳の「感受性」の部分が反応悪くなったというか、ぷつんと切れていて稼働していない感じ。相手への興味が薄れている感じ。多分、今は自分自身をなんとかするのに必死なだけなんだと思うんだけど…。この以前と違う違和感は今年の1~2月にもすっごく辛い時期があって、そこから立ち直った後から強く感じ始めた。その時も相当引きずってヤバかったので後遺症的なものかもしれない。
友人たちと会った後もこの症状を感じているので、前と違う違和感や思いやれない発言や言葉遣いに不快に思っていたら本当にごめん。自分でもどうしてこうなっているのか分からないでいるんです。すごい抽象的なイメージだけど、今まではカラーで会話していたものが今はモノクロになったように感じる。情報を汲み取り、処理する能力が低下してしまったのかもしれない。悩んでいます。
でも心配してくれる人がちゃんといることは分かってはいます。ここ一か月くらいでも心配してくれる連絡をくれたり、言葉をもらうことが度々あって。職場でも「優しくしてくれたな」って思うことがあったり、今は上手く返せたり、行動できたりできないかもだけど本当に感謝しています。
あと明るい話題だと、最近ベースを買って練習している。ベースという楽器が性に合っていたのか練習も楽しいし、新しいことを始めている時の覚えていく感覚やできることや知っていることが増えていく喜びも感じていて日々の楽しみになっている。あと推しはやっぱり世界一かわいくて、自分にとって絶対的な存在であるために支えになるよね。今の自分にとってはポチャッコくんとGirls²の増田來亜さんなんだけど、気持ちが淀んで滞っていてもちゃんと心が動く。
どうしたらまた元気になれるのか現状分からないけど、とりあえず明日出勤なのでスケジュール通りに体を動かしてミスしないように仕事をする。淡々とこなすのみ。